カテゴリー別アーカイブ: 311後の世界

書籍の復権(311後の世界14)

シャープのガラパゴスが、発売10ヶ月目で撤退した。
このことは、電子書籍事業を推進しようとしていた、同業他社に少なからぬ動揺を与えたにちがいない。
それかあらぬか、シャープは撤退発表の直後に、ガラパゴス事業は継続し、今後は書籍だけでなく幅広いコンテンツを扱うことが可能な、新しい端末を市場に再投入すると「わざわざ」付け加えた。
この報道を知って、市場は今後の電子書籍市場の行く末を、どう捉えただろうか。
のみならず、日本の書籍市場の行く末さえも、案じられるような事態に見えただろうか。
市場がどう反応するかはさておき、今後、書籍が復権するためには大事な条件があると、私は思うのだ。
以下に、その理由を書いてみる。

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311後の世界まとめ(311後の世界13)

ここらで、いったん、311後の社会的事件と空気の変遷をまとめておこう。(ここでは地震、津波そのものの被害の記録は除いています)
1)震災パニック期
震災の翌日、新聞各紙には大震災の規模に驚倒し、「阪神の180倍」「1千年に1度」という見出しが躍った。アナログ放送終了間近のテレビに釘付けにならない人はいなかった。
そして、3月13日には、早くも東電の計画停電が発表され、週明けの月曜日からほぼ1週間、特に東京都の勤め人は大混乱に陥ったのだった。都心の交通網が、いかに危ういバランスの上に成立しているかが身にしみた。
震災の当日の夜や、翌週の帰宅時間、電車が時間どおりに動いてくれず、10キロも20キロも歩くはめになったりした(健康にはよかったか)。
また、この時期、店も早く閉まってしまい、買い物にも苦労した。水が買い占められ始めたのもこの頃だった。ガソリンもおよそ1週間の間、手に入りづらかった。ガソリンスタンドも横柄な態度だったが、1週間経つと、手のひら返して親切になったのが、おかしかった。

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大連立(311後の世界12)

週刊誌も夕刊紙も、首相退陣近しと見るや、「次は枝野か前原か」と大見出しで書き立てている。まあ、週刊誌や夕刊紙が、内閣不信任決議という格好の記事ネタが終わったら、現金にも次の政権の首班のことを論ずるのは、少しでも潜在読者の関心を高めて買ってもらおうというのだから、これはいい。(そうでなくても、新聞雑誌が売れないのだから、多少は扇情的に書き立てないと)
しかし、国中こぞって政局談義に花を咲かせるようでは、いかがなものか、と思わざるを得ない。毎年毎年、カレンダーではないのだから、首相を新品に取替えないと気のすまない国など、世界のどこの国が相手にするだろう。少なくとも、国と国との約束は、危なくてできないのではないか。
それでも、「次は枝野か前原か」になってしまうのが、今の日本の政治の惨状だ。(「次は福田か」「次は麻生か」などとついこの間まで言っていたはずだが)

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心情倫理の政治家と、責任倫理の政治家(311後の世界11)

遠い昔に紐解いた、マックス・ウェーバーという大学者の書いた座右の書『職業としての政治』に、政治家がとるべき倫理態度として、責任倫理という言葉が出てくる。これは、政治家以外の人間が一般的にとる倫理態度としての、心情倫理と対比して称呼されている。
この本を通して、およそ政治家たるもの、行為の基準をものごとの単純な良し悪しのものさしで測るのではなしに、行為の結果に責任をもつことに基準を置かなくてはならない、ということを習った。ウェーバーはそのことを、政治家をめざすなら「悪魔と契約すること」も辞さない覚悟が必要だ、と言っているのだ。
が、どうやら日本の政治家は、責任倫理の政治家だけではなく、心情倫理の人物もいるらしい。責任倫理の政治家の行為の基準は結果責任に求められるから、彼はおよそ法や一般道徳に抵触しない限りにおいての、あらゆる手段を駆使して、情熱と責任感と判断力で果実を得るべく努力することだろう。

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永田町がフクシマを作った(311後の世界10)

東電幹部とフクシマ住民のあいだの、あまりの距離。それと同じくらいのギャップが、永田町の先生方と、日本の一般庶民のあいだにはある。
この非常時に(今を非常時と呼ばずに、いつをそう呼べばよいのか)、政局とは、ずいぶんと庶民を馬鹿にした話だ、という想像力が働かないのが、今の先生方なのであろう。暢気に、与野党の有志で「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」など作ってみたり、与野党の数合わせで内閣不信任案を提出してみたりと、やるべきことを放っておいて権力ゲームにうつつを抜かすのが、現代日本の政治なのか。
政治家は永田町で夜な夜な会合を重ねることで忙しいが、ボランティアはゴールデンウイーク返上で被災地に入っていた。先生方は(田中康夫ちゃんを除き)、テレビでしか被災地を感じていないのではないか。東北出身の小沢一郎にしてからが、あまり地元に入っていないと聞く。
いや、もしかしたら、フクシマの人災を作ったのは、能天気な永田町そのものではなかろうか。地上がダメなら地下に原発を作ればいい、という安易な発想をする人たちが、知らない間に日本全国に危険な原発をばらまいてしまったのだ。
とすると、「永田町がフクシマを作った」と短絡してみてもいいのではないか。
その証拠に、今なお終息が見えないF1(福島第一原発)をそっちのけで地下原発の議論を始めるという、センスのなさ、「空気」の読めない感受性を持った先生方がたくさんいるではないか。

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「不安」の気分と縁遠い方々(311後の世界9)

5月31日の記事で「地下原発で超党派議連」というのがあった(時事通信社の記事)。
曰く「与野党の有志による「地下式原子力発電所政策推進議員連盟」が31日発足し、衆院議員会館で初会合を開いた」とのこと。その会長が「たち日」の平沼氏。顧問が森元首相、民主党の石井一副代表らというのがおかしい。へえ、結局彼らは仲良しなんだ。
地下に原発を作れば、地震にも耐えられるし、万が一放射能モレが起きても地下なので影響がないだろう、という安易な発想だ。実に能天気ではないだろうか。
いくら地下だとは言っても、原子炉の爆発でも起きれば、地下水だって汚染されるし、なにより従業員の安全だって脅かされる。たしかに、東京都の真上から、雨水とともに放射性物質が落ちてくることはないだろうけれど。
彼らにとっては、今の日本の一般大衆の「不安」の気分など、まるで感じられないのだろう。どうせ作るのならば、東京都のど真ん中に、穴でも掘って作ったらよかろう。なにせ「安全」なのだろうから。
がっかりするのが、こういう発想をするのが、与野党超党派の議員というところだ。今の政治家は、どうして揃いもそろって危機感の欠如した輩ばかりなのだろうか。
彼らには、フクシマの人たちの苦しみなど、まるでわかっていないのであろう。実に、「空気」の読めない方々ばかりだ。2ちゃんねる風に言うならば、少しは「空気嫁」。
日本の多くの人びとの「不安」を感受する能力のない政治家には、政治など手がけて欲しくない。

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政治の「空気」(311後の世界8)

空気の話はこれぐらいにしようかと思っていた。
が、空気を読める政治家が発言したので、取り上げたいと思う。
およそ、政治家にして空気が読めなければ、政局の潮目も読めない道理であり、政界を生き抜いてゆくことなど到底かなわないだろう。
政治の一寸先は闇とよく言われるが、それは空気の読めない政治家の台詞であって、政治家は一寸先を見通すどころか、一瞬のうちに身を翻してみせることも芸のうちだ。
たとえば、犬猿の仲と思われていた、民主党の渡部恒三最高顧問と小沢一郎元代表が、よりによって合同誕生会で和解するなどということは、事情のわからぬ外野から見れば、一大椿事にちがいない。が、そもそもこのふたりは、表面的には仲が悪いように見えるけれど、お互いが相手を利用しあっている関係なのであり、現に前原誠司前外相がこの誕生会の音頭取りであるのがその証拠だろう。
渡部最高顧問は、小沢元代表に近づくことによって、自らが推す、ポスト菅の首相候補が前原前外相であることを印象付け、自らは衆院議長など名誉職就任のお墨付きをもらうつもりでもあるのではないか。
菅首相がG8に出かけている隙に、あっという間に身を翻す老獪さ。79歳にしてこうなのだから、政治家たるもの、空気を読んで豹変するぐらい朝飯前にちがいない。
いや、民主党内の政権たらいまわしなど、この際どうでもいいだろう。
空気の読める政治家の発言とは・・・

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東電の「空気」(311後の世界7)

まったく何をやっているのだか。
今日(2011年5月26日)のニュースでは大騒ぎ。福島第一原発の1号機で、地震の翌日、海水注入が1時間ほど中断したという今までの報道は間違いとのこと。東電で調べたところ、現場の社員の判断で、海水注入は継続されていたのだとか。
それまで海水注入の中断は、菅総理の指示で行われたとされ、国会では野党の追及の的だったわけだが、まったくの空騒ぎだったということになる。その菅首相に、海水注入は臨界を引き起こす可能性があるという、いらぬ助言をしたのが、班目春樹・原子力安全委員会委員長ということになっていて、さんざんマスコミに叩かれていた。
あらぬ展開に、班目委員長も、困惑顔で「私は何だったんでしょうね」とこぼす始末。
それはともかく、本件を説明した東京電力の武藤栄副社長は、記者会見で、例の一言をしゃべっていた。一言とは・・・

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空気の研究(311後の世界6)

気分について書いたのなら、この本に触れないわけにはゆかない。
山本七平の代表作のひとつの『空気の研究』だ。
近代以降の日本は、理性では間違っているとわかっていながら、抗することのできない「空気」が支配している、というのがこの本の主張だ。太平洋戦争末期の、戦艦大和の沖縄出撃も、戦術的にはまるで無謀とわかっていながら、誰もそうとは言い出せない「空気」が支配していた。あるいは、著者の担当編集者は、「いや、そう言われても、第一うちの編集部は、そんな話を持ち出せる空気じゃありません」などと、「空気」に自らの意思決定が拘束されていることを暴露する。

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ヘーゲルの不安(311後の世界5)

以前、このサイトのどこかに、ヘーゲルの有名な主と奴の弁証法を取り上げた。
そこにも、不安が重要なキーファクターとして出てくる。
主は、主として人間的にふるまうことができるが、奴が人間的であるのは、最初は自己が主に対して隷属的である中で人間性を次第に発展させ、完成することによる、というちがいがある。つまり、奴は主の命令によって生かされているに過ぎないから、自己の人間性は、自らの自由にならないが、一方、主は何者にも妨げられることなく、主体的に自由を行使できるのだ。最初は。

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