現代の三国志

先日、エマニュエル・トッド著の新書、『「ドイツ帝国」が世界を破滅させる』(文春新書)を読んだ。
ユーロ圏ヨーロッパを政治的、経済的に支配するのはドイツである、巷間言われるロシアの覇権主義は偏見に過ぎず、逆にウクライナの親西欧派は危険な集団だと、常識を覆して論じた、話題の書だ。この本が売れた理由は、トッドの語る世界情勢解釈が、新聞報道とはまるで違っており、欧州の事情に疎い我々日本人にとって、実に意外なものだったからであろう。

トッド曰く、ロシアのプーチンは、拡大主義など目指してはおらず、クリミア半島の和平だけを望んでいるという彼の考えに対し、新聞報道でロシアを悪者と信じ込まされている我々読者は誰しも、意外の感を抱くだろう。スターリンの再来みたいなプーチンのイメージが覆されるからだ。
のみならず、西ウクライナの西欧に近い党派はかなりの極右で、ファシストと言っていい、というのも、日本の新聞には書かれていない話である。ウクライナの中道政権は、左右から挟撃されて、苦しい対応を迫られているというのだ。
さらには、ユーロがあるため、ドイツ以外のEU加盟国は通貨切り下げができず、貿易赤字に苦しんでいる、というのも、今さらながら言われてみればなるほどという思いに駆られる。
たしかにドイツは、EU圏以外の国で部品生産をして輸入し、完成品を輸出して国力を増しているのだ。ゆえに、アメリカの凋落とともにヨーロッパでは唯一ドイツの台頭が著しく、ロシアだけでなくヨーロッパ諸国にとっても脅威以外の何物でもない、ということなのである。

一方では、先日報道され、経済界に衝撃を与えた、フォルクスワーゲン社の排ガス不正問題は、指摘したのが米ウェストバージニア大学の関係者だということで、深読みすれば、国力を増すドイツに対してアメリカが一矢報いたのではないかと疑いたくなる話だ。
それかあらぬか、米国における9月の新車販売台数で、フォルクスワーゲンは10位から12位へと大いに後退した。さらに、1月から9月の世界の自動車販売台数では、トヨタが逆転し、首位に返り咲いたのである。
無論、ドイツは国を挙げてフォルクスワーゲンを支援するだろうから、倒産の危機に直面することはないだろうけれど、乗用車部門の12月期は赤字転落だろうと予測されている。

返す刀で米国が仕掛けたTPPは合意に至り、中国のAIIBに対抗する経済圏が誕生したと言っていいかもしれない。オバマ大統領はわりとストレートに、TPPの意義を中国への対抗である、と明言している。
さらには南沙諸島への中国の進出に、あからさまな不快感をあらわにしているのだ。同盟国フィリピンの軍事力は中国の10分の1に過ぎず、日本の自衛隊の派遣も念頭にあるに違いない。安倍政権が集団的自衛権を容認する安保関連法案の成立を急いだのも、一つにはこうしたアメリカの要求があるからだろう。

世界はどうやら、アメリカ、ドイツ、中国の三国志の様相を呈し始めているようだ。かつて田中明彦が言っていたような、アメリカの覇権が衰退し、近代国家を超えるNPOや多国籍企業が重要性を増すという「新しい中世」はごく短い間で終焉し、世界は早くも大変化を遂げようとしているのかもしれない。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です