ゴールデンウイークはこんな本!~『巨匠とマルガリータ』

ゴールデンウイークでしたいこと。
ヨーロッパの某国へ旅行に行きたい、国内の秘湯でのんびりしたい、まだ滑れるスキー場で初滑り(?)を愉しみたい・・・などなど、いろいろあるけれど、私の場合、ひとつ選ぶなら、ふだん読めない長尺モノの本を読むことだ。
ま、日ごろ無計画に生きているせいで、いざゴールデンウイークに突入した日には、すでに旅行の計画は遅きに失しているからでもある。
それはそれとして、今年ねらっていたのは、この本、『巨匠とマルガリータ』。
旧ソ連時代の作家、ブルガーコフの、死後公表された作品である。噂どおりの、奇想が炸裂する、20世紀の大傑作だった。


ストーリーを解説する趣味はないのだけれど、少しだけ書くと・・・
ある日、モスクワに悪魔ヴォランドとその一味が現れ、町のアパートに住み着いた。彼らは、黒魔術のショーで、天井から偽のルーブル紙幣をばらまいて、人々を狂喜させ、女たちにはブランド服をただで提供してみせる。黒魔術であるからして、やがて紙幣はただのワインのラベルに変わり、女たちの服は消えて、彼女らは町を下着で歩くはめになる。
・・・と、ここまで読んだところでは、そうか、悪魔が主人公のファンタジー小説か、と思うのだけれどもそう簡単ではない。
悪魔は数日間の滞在の間に、モスクワの町を大混乱に陥れるのだが・・・題名は『巨匠とマルガリータ』である。なんだか奇妙だなと思っていたら、これはモスクワ作家協会から無視されて困窮している作家と、彼を「巨匠」と呼ぶ、愛人のマルガリータのことなのだ。
しかも「巨匠」は、600ページ近くある作品の、真ん中あたりでやっと登場するのである。
「巨匠」は、古代エルサレムのヨシュア(イエス)の磔刑の場面を、大作にものしているのだが、全能の悪魔はその場に居合わせたのだという。不遇の作家である「巨匠」とは、ソ連時代、冷遇されていた作者ブルガーコフの自画像だろうし、悪魔にさんざんに弄られるモスクワ作家協会の面々の描写を通して、作者は作品で体制派の文学者への復讐を愉しんでいるのだ。
つまり、この作品、ただのファンタジー小説なのではなく、演劇、歴史小説、ミステリー、ファンタジーといったさまざまな技法を詰め込んだ、高度な前衛小説なのである。
そして、悪魔と共に、時空を自由に往還し、俗物たちをさんざんに愚弄したあげく、不遇な「巨匠」への一途な愛を貫くマルガリータに共感するよう読者を誘うのが、作者の戦略だ。
作品は、第1部と第2部に分かれているのだけれど、第1部の悪魔の、いかにも悪魔らしい不気味な風貌が、第2部ではずいぶんとイメージを変えている。『ファウスト』のメフィストのように、いやに人間っぽい悪魔に変わっているのである。人間の社会のほうが、よっぽど悪魔的である、といわんばかりだ。ブルガーコフは、筆を進めるにしたがって、だんだんと自らを取り巻くソ連の狂気の社会を、戯画化したくてしかたがなくなったにちがいないが、それとともに、ロシアの美しい自然を、たとえば空中から描写する場面などできちんと書き込んである。
だから、『巨匠とマルガリータ』はまぎれもないロシア文学なのだ。
とまあ、別に文芸批評をするつもりは全然ないのだけれど、この小文に目を留めた方が、読みたい気になってくれれば、と思う。それだけ、いい作品だった。
さて、この作品、国内で何度か翻訳されているけれど、今回は、池澤夏樹篇の世界文学全集の1冊として出た。今の時代に、文学全集、とりわけ世界文学全集とはいかなるものか。しかも、この世界文学全集、ドストエフスキーやスタンダール、フロベールといった標準の大作家の作品はひとつも入っていないのだ。
だからブルガーコフなども入ったわけだけれど、いったい採算がとれる企画なのであろうか? とは余計な心配か。
全集に入っている作品は、どれも大部のそれであるからして、ゴールデンウイークなどでなければ、とても歯が立たない(電車のつり革につかまって読んだのでは、腕が痺れてしまう!)。
というわけで、ヨーロッパ旅行には行けなかったけれど、いちおう長尺モノは読めたので、いいゴールデンウイークであった、と言っておくことにしよう(少し負け惜しみか)。

ゴールデンウイークはこんな本!~『巨匠とマルガリータ』」への2件のフィードバック

  1. 「巨匠とマルガリータ」を読まれるとは、ゴールデンウィークの素晴らしい過ごし方でしたね。さて、私はロシアブームが高じて、1ヶ月後の今日(7/17)、モスクワ・サンクトペテルブルグに旅立ちます。巨匠とマルガリータが暮らした街を空から眺めてみたいと思います。

  2. まいじょ様
    ご来場、ありがとうございます。
    また、Blogも拝読いたしました。ロシア旅行とはすばらしいです。
    さて、ロシアのトイレ事情がそんな状態とは知りませんでした。
    私もかつて(1990年代の初頭)、中国のトイレには泣かされました。
    トイレはヨーロッパもさほどきれいとは思えません。いずれにせよ、日本製のウエットティッシュは必需品です。
    道中、お気をつけて!

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