水の「不安」(311後の世界4)

というわけで、『博士の異常な愛情』を唐突に持ち出してしまったけれど、この映画には「不安」を象徴する逸話が出てくる。
ある日突然、ソ連の謀略に対して妄想が膨らみ、ひとりで勝手に、大統領の許可もなくソ連に対する核攻撃を命令したリッパー将軍という人物が、物語の発端に登場するのだ。そうして、司令部に立てこもると、ピーター・セラーズ演じるマンドレイク大佐に、「水道水にフッ素が入っているのは、共産主義者の陰謀だ」と熱く説く。
どうやら、アメリカでは虫歯予防のために、ほんとうに水道水にフッ素が入っているらしいが、ほんとかどうかは知らない。ちなみに、セラーズはこの映画で、ストレンジラブ博士、大統領、英国空軍大佐マンドレイクと、1人3役をこなしている。


それはともかく、妄想に取りつかれたリッパー将軍が、ソ連の陰謀を読み取るのが、フッ素なのである。「だからオレは蒸留水か雨水しか飲まない」ということらしい。
いやまてよ、とこのあいだ、この映画を見直して、思った。
だからオレは、放射性物質に汚染されている水道水を避けて、コンビニで水を買い占めて飲んでいたんだっけ。いや、それはウソだが。ウソといわないと、友人たちに「そんな態度でいるから、風評被害で、被災者の皆が困るのだ」と批判されてしまうにちがいない。
しかし、身体の成分の大部分を占める水こそ、「不安」に汚染されやすいイメージなのだろう。水ばかりを買い占めたって、他の食品から摂取すれば同じなのにも関わらず、買い占めたくなってしまうのだ。
リッパー将軍の妄想を笑うことはできない。
こんなことを思い出していたら、今度は神奈川県南足柄市の足柄茶から、規制値を越えたセシウムが検出された。足柄といえば、もう小田原に近いだろう。そんなに遠くまで、放射性物質ははるか福島から飛んできていたのだ。
新芽には、カリウムと同じように、セシウムが濃縮して集まりやすいのが原因だ、と科学者は説くけれど、私にはそれが正しいのかどうか、判断できない。また、汚染の原因は、3月21日に降下した雨水のせいだ、とも言われている。これも悲しいかな、学のない私には確かめようもない。
これでますます「不安」が募るはめになる。
識者から、判で押したように「人体にはただちに影響のないレベル」と念を押されても、ああ、またか、という気分になるだけだ。風評被害が起こらないように、殺し文句を決められると、もうぐうの音も出ないだけなのだ。
水というもっとも原初的な物質が汚されると、人は限りなく「不安」になる。それが日常化してしまえば、311後の日々は、限りなく続く「不安」の通奏低音に覆われてしまうにちがいない。

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