博士の異常な愛情(311後の世界3)

「気分」だとか、対象をもたない「不安」だとか書いたけれど、当然、反論ばかり起きるにちがいない。
曰く、対象はあきらかで、次の大地震や、繰り返し起きるかもしれない原発事故に決まっているだろう。だから、今まで隠れていた「不安」の「気分」が改めて露わになったなどということはなくて、地震や原発事故がなくなれば、消えるはずだ。
「気分」などという曖昧なものに支配されているのではなく、ましてや、対象のない「不安」のせいで水を買い占めるのではなくて、放射性物質の恐怖に駆られて、無駄な買い物に走っているのである。云々・・・。


たしかに、ひとつひとつの現象をじっと見れば、「不安」の対象は見えてくるだろう。
たとえば、今まで揺らぐことのなかった大地が動揺を始めたため、もうすでに消えかかっていた土地神話は目の前で息の根を止められた。一戸建てで、5000万円も6000万円もした浦安の住宅が、液状化で見るも無残に傾く様子を見せられれば、「不安」に駆られて当然だ。
バブルが崩壊してもなお磐石だった、ディズニーランドのそばの土地さえもが揺らぎだすのは、311前には起きなかったことだろう。しかし、311前から崩れかかっていた現代の神話が、311後にもう後戻りしようもなく崩壊してしまったとは言えないだろうか。
つまり、「不安」の対象を見つめれば見つめるほど、次なる新たな「不安」の種を見つけてしまう、ということが起きているのではないか。
突如、政府と電力会社の発表があって、停電を変わりばんこに行うことになり、今まで普通に走っていた電車が間引き運転になり、店頭に当たり前のように並んでいた商品が、ある日突然姿を消す。
今日見たら、お茶のペットボトルに、「ホット専用ボトル」というシールが貼ってある。よく見ると、その下に「オレンジ色キャップが不足しているため白色キャップを使用しています」とご丁寧に解説してある。
実に日本的な丁寧さだが、東北地方にはありとあらゆる工場があったのだろう。思いも寄らないところに影響が及んでいることに、毎日のように気づかされる。毎日、毎日、実に少しずつ「不安」は増殖するのだ。
だから、次にどんな変化が起きるのか、まったく予想もつかない時代に入ってしまったのだ。浜岡原発が停止になれば、これらは東日本だけの問題ではなくなってくる。
と同時に、「不安」の「気分」は、311後の日本中に広がってゆくだろう。
それでは、これからの、311の後の、「不安」な「気分」とどうつきあってゆけばよいのだろうか。
それには、「不安」の曖昧な対象を、ひとつひとつ明確にしてゆくほかないだろう。無論、「不安」の対象は無限、あるいは無なので、明確にしてゆけばゆくほど、次の「不安」がきざしてくる。
しかし、諦めずに、次から次へと「不安」の種とつきあってゆくほかないのである。
インテルの創業者、アンドルー・グローヴはナチスの迫害を逃れてハンガリーからアメリカに亡命してきた人物だ。そのアンディ・グローブの言葉に、「Only the Paranoid Servive.」という言葉がある。「極端なまで心配性な人だけが生き残る」とでも訳すべきか。
生き残るためにサバイバルを続けてきた経営者の言葉であり、けっして楽天主義を否定しているわけではないけれど、「不安」を否定するのではなく、当然の「ありよう」として受け入れているのだろう、と解釈している。
そうして、Paranoidでも生きるしかないのが、311後の世界なのではないか、とそう思う。
『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb)という、1964年公開の映画がある。スタンリー・キューブリック監督の皮肉の効いたブラック・コメディであり、代表作のひとつだ。
ピーター・セラーズが演じる、ストレンジラヴ博士は偶然起こってしまった核戦争による地球の滅亡の危機を前にしても、平然と薄ら笑いを浮かべている。のみならず、人類はエリートと政府の指導層のみ、100人ほどが地下に潜って暮らし、1夫4妻の婚姻制度を続ければ、やがて人口は回復する、などといった持論を余裕で展開するのだ。
どうやら、ストレンジラブ博士の世界が、ほんとうに現実のものになりそうで怖い。実に311後的な「不安」を感じる。
けれども、この映画、とりわけセラーズの博士の演技を何度も見直してしまうのは、いったいどうしてなのだろうか。いや、自分の「不安」をモニターで見ていると、いつしか哄笑が湧いてくるのは、きっとこの映画の効用にちがいない。
「不安」を一瞬でも消すには、「不安」を客観視し、具体化してしまうに越したことはないのだから。(それでもまた、次の「不安」はやってくるけれど)

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