フォルトナとヴィルトナ

政治家は、その出自に、自分の力ではどうにもできない宿命を負っている。このことを、『君主論』のマキャベリは、著作の中で、君主に必要な資質は、フォルトナとヴィルトナだと表現した。
君主は、力(ヴィルトナ)だけでは国家を治めることはできず、運(フォルトナ)を持たずば君主たりえない。逆に言えば、力およばず、一敗地に塗れても、運がなかったと慰めになるやもしれない。
小泉、安倍、福田、麻生、鳩山と続いた政権は、最初のひとりを除き、フォルトナ(世襲という僥倖)はあったけれども、ヴィルトナがなかった。そう考えると、フォルトナとヴィルトナを併せ持った小泉純一郎こそ、5年の長期政権を全うするための条件を完備していたのだと言えるだろう。


さて、それでは、このたびの菅新政権はどうか。
最初から、荒井国家戦略相の事務所費問題に遭遇するあたり、菅首相はフォルトナに恵まれていないかもしれない、という懸念もある。が、きっとこれは大したフォルトナではないにちがいない。
この内閣の一番の宿業は、沖縄の米軍基地移設問題だろう。鳩山政権から、権力を受け継ぐきっかけになったのもこの問題なら、解決を迫られるのもこの問題なのであるから、避けて通れないフォルトナにちがいない。
新政権の咽喉元に突きささった刺が、沖縄の街中にある基地の移転問題だ。菅新首相は、普天間基地移設問題について、早くも日米合意を踏襲することを表明した。
が、ことはそれでは済まないだろう。実際に、着手するためには地元、少なくとも、沖縄県知事や地元名護市の市長の合意がなくては進まないが、このままでは全島あげての反対運動が起きてしまう。つまりは、政治家菅直人の出身母体である市民運動と対峙する羽目になるだろう。
庶民宰相が、庶民を裏切ることほど皮肉なことはない。これぞ、菅直人という政治家の最大の難関だろう(鳩山前首相が種を撒いたのではあるけれど)。
これを解決するためには、普天間基地の移設先を恒久的なものにせず、何十年かけてでもいいから基地縮小の道筋をつけるほかないのではないか・・・というのは、単なる常識の声に過ぎない。ことが政治家の宿業であるかぎり、簡単には解決する問題ではないだろう。
しかし、気になるのは、代表選挙投票前に菅新首相があげた、鳩山首相から引き継ぐ4つの政策という言葉である。4つとは、地域主権、新しい公共、東アジア共同体、温暖化対策だということだが、最初のふたつは曖昧な理念だけであり、あとのふたつは非現実的で、今の日本にとっては直近の課題ではないことだ。
東アジア共同体を作るなら、日米同盟の重要性が低くなるかと思いきや、普天間基地移設問題は日米合意を受け継ぐ、とのこと。これでは何のことかわからないだろう。
それに25%のCO2削減という途方もない目標も、これを実現していったい誰に得があるのかよくわからない。そもそも、地球が温暖化しているかどうかさえ、疑う学者もいるほどである。
大事なのは、国会での施政方針演説のほうだろう。では、新政権がこれから何をなすべきか、施政方針演説が出る前に考えてみた。
新政権には、大きく3つの使命があるだろう。ひとつめは、破綻寸前の借金財政の建て直し、すなわち国民への説明責任を果たして、消費税率アップを実現することだ。菅直人は元々増税論者だったから、これはきっと果たすだろう、と期待したいが、いつ、どんな順番で、どういう形で(つまりは部分的にか、一律か)展開するかで、結果の出方がちがう。ハンドルを切りそこなうと、橋本政権の二の舞になってしまうからだ。
それかあらぬか、新財務大臣の野田佳彦は、消費税増税に言及したが、現政権のうちに決定、実施するかどうかには慎重だ。
2つめが、財政政策と金融政策をフル動員して、短時間のうちに経済の建て直しを行うことである。これは、赤字財政の建て直しと矛盾するので、すばやく収束しなければならない。順番としては、再成長の道筋をつけてから、財政再建としたいところだけれど、まずはロードマップを作って環境を整えてから実施すべきだろう。
エコノミストは口々にそう指摘するが、具体策は施政方針演説を待たねばならないだろう。
ひとつめと2つめは、自らが「成長戦略」としてまとめて発表するとのことだから、まあ、期待したいところだ。
3つめは、失業や賃金切り下げのためにどんどん切り崩されてゆく中間階層の建て直しと、そこから毀れてフリーターとなった層への支援策だろう。いわゆるセーフティネットの整備だ。
今までの政権は、口ではそう言いながらも、3つめの施策を具体化しなかった。だから、300万人とも400万人とも言われるフリーターはいまやひとつの大きな層であるのにどこへも意見することができず、どこへも投票できなかったのである。
民主党がやらないなら、他の党へ投票すればいいのだが・・・。
というわけで、国民の各層(フリーターも、沖縄県民も)の支持を取りつけ、民意を糾合し、増税と基地移設につき、市民的利害を超えた公共性に対して理解を得ることが、もっとも大事だと思う。
これらを実現するための、菅直人という政治家は、あれだけ何度も挫折を味わってきながら(議員になるまでに落選3回、民主党党首からは年金未納問題で辞任)、復活を遂げたことで、ヴィルトナ(力)はあるにちがいない。だが、マキャベリが言う、君主のもうひとつの資質、フォルトナ(運)に恵まれるかどうか。
政権が立ち往生しても、言い訳を運になど求めず、局面を打開する力がある政治家にこそ、運命の女神は微笑むにちがいない。そういえば、監獄につながれていたマキャベリは、特赦で解放された後、嫌というほどこのことを味わったため、『君主論』にフォルトナとヴィルトナという言葉を著したのだった。

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