ビジネスパーソンのための鄧小平

ゴールデンウイークの休みの間に、ベンジャミン・ヤンという、中国人で、鄧小平の息子とマブダチだという学者の書いた、『鄧小平 政治的伝記』(岩波現代文庫)を読んだ。
私はわりと鄧小平という政治家には興味を持っており、いくつか伝記を読んでいて、同書も気になっていたのだが未読のままにしていたのを、連休中にふと思い立って、巻おくあたわずという感じに読みきった。それほど、面白かったのである。


この本、鄧小平が1997年に死んでから2年後に書き起こし、何度か訂正を経ているようで、私が持っていた知識が間違いであることがわかった。というより、昔、巷間に言われていた話が、俗説に過ぎないことが後で判明した、といったほうがいいかもしれない。
たとえば、著者が北京大学で親交を深めた、鄧小平の長男は、大学時代に脊椎を損傷して車椅子の生活を送っている。文化大革命の時代に、紅衛兵にビルから突き落とされたため、というのが、それまでの伝記に出てくる話だったが、この本では自殺未遂ということになっている。無論、本人から聞いたのだから、この本の記述が正しいだろう。
ちょうど、1989年の天安門事件の時に、鄧小平が指示して戒厳令を発令し、戦車で学生や市民を殺害した流血事件が起きた。当時の『朝日ジャーナル』だか、『アエラ』だかには、でかでかと怖い顔をした鄧小平の絵が表紙に出ていたと記憶する。
それを読んで、私は、息子が紅衛兵のおかげで障害者にさせられたことを思えば、暴徒と化した学生を武力で鎮圧しようという気持ちもわからないではない、と思ったものだった。
・・・とまあ、これは一例だが、きりがないので止める。
鄧小平は、毛沢東なきあとの中国で、最高権力者となったわけだが、同時に3回失脚して不死鳥のように蘇った不屈の政治家でもある。「大躍進」で国内経済がめちゃめちゃになっているのを目の当たりにして、それでも毛沢東主義に忠誠を誓う鄧小平に、老獪な政治家の策略を見るのは容易いが、私はそうは思わない。
鄧小平という政治家は、失脚後は何度も、諦めただろうし、何度も殺されそうになっている。結果としての最高権力者かもしれないが、望んでそうなったのかどうかは、本人以外の誰にもわからないだろう。
で、やっと本題だが・・・
この本、社内政治をどう渡ってゆくかに関心を持つ、ビジネスパーソンにとっては非常に有益な本だと思う。間違ったトップマネジメント(毛沢東)の部下になってしまった場合、いかに身を処すべきか、リアルにわかることと思うのだ。
なぜといって、スターリン(この人も大いに大間違いのトップマネジメントだ)の部下で有能な人物は、ほとんど殺されてしまい、無能な者だけが生き延びることができたが、毛沢東の下では鄧小平という有能な人物がちゃんと生き延びたからである。
おかげで中国は、経済特区政策などを通じて外貨を獲得し、農業で85%、工業でも65%の私企業が成長して、驚異的な経済発展を遂げることができた。もし、毛沢東の路線のままだったら、世界第二位(今後の予定)の経済大国どころか、世界でもっとも貧しい国になっていたかもしれない。(上海万博の報道を見る限り、マナーは最悪の国のようだが)
とはいっても、江沢民がいかに無能であったか。そのため、有能な胡耀邦、趙紫陽といった政治家が次々に倒れてゆく中、いかに生き延びて最高権力者になったかを考えてみると、むなしい思いに駆られざるを得ない。(そういえば、旧ソ連のブレジネフ書記長なども、同じく無能であるがゆえに選ばれた最高権力者だった)
いや、鄧小平があまりに偉大で、完璧な路線を敷いたおかげで、無能な指導者が何代か続いても、びくともしない国になったのであろう、と思う。
(翻るに、小泉改革は道半ばであったため、その後、2代無能な指導者を担ぎ上げてしまった自民党は、当然のように傾いてしまった)
さらに、一市民ではなく、公共のため、国家のために身を賭して働く政治家としての鄧小平は、何としても生き延びて、間違った政策を正しい方向へ導くことに責任感を感じていたにちがいない。そのためには、いつも質素ななりをして、けっして自らの利得のために行動したりしない、無私の精神を持っていた理想の政治家・・・とまではゆかないけれど、そういう人物がいなければ今の中国はなかっただろうことは間違いないわけで・・・これはどんな組織でも同じであろう、ということを実感させる伝記だった。

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