ビジネス書は自己快適化チューンナップの部品

「ふとあるとき愛読書『シャーロック・ホームズの冒険』に没頭しながら、自分は「私立探偵の在りよう」に少年時代から心惹かれてやまなかったことを思い出した。」
『ウェブ時代をゆく』にある、この「在りよう」、それも一つではなく、これこれの仕事をするときの誰かの「在りよう」。
それに学ぶことが、梅田望夫がいう「ロールモデル思考」だ。
対象がたとえシャーロック・ホームズのような荒唐無稽な存在であってもいい、という。
この部分がぼくにとって、もっとも印象的だった。


悪戦苦闘しながらビジネス書をつくっていて、最近思う。
ビジネス書を読む人が求めるのは、自分と関係するプロフェッショナルが持つ知の体系を縦にたどること(たとえば広告デザインをする人が、その道を究めた職人芸的な大先輩の方法論を学ぶ)というよりも、さまざまな領域に存在するプロフェッショナルが共通に持つ横方向の知の習得(広告デザインをする人が違う領域にいる人々の方法を学び、それらを部品のように組み替えて自己をチューンナップする)ではないか。
そのために、人は『ウェブ時代をゆく』で言う、さまざまな「在りよう」、ロールモデルを求めるのではないか。
そして、この本のあとがきに「「志」さえ持てば、ウェブは「人生のインフラ」として「個」を大いに助けてくれる」と書かれているように、さまざまな領域のプロフェッショナルたちの間で、よりよい仕事をするための共通のインフラを、お互いが教え合うようなメンタリティが生まれているのではないか。
まるでオープンソースのように。
以前、『佐藤可士和の超整理術』について、ビジネス書はネジである、と書いた。
これを発展させれば、ビジネス書は、自己快適化チューンナップのさまざまな箇所に、さまざまな規格で必要なネジ(部品)であり、横方向に広がる共通の知の家であると言えるように思う。
おびただしい数のビジネス書の向こうに、見えない大陸が広がっているのだ。

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