ウェブは「志」を助ける

ぼくは梅田望夫徹底肯定派である。
『ウェブ進化論』の続編にあたる『ウェブ時代をゆく』にも心打たれることが多かった。
思い切り要約すると、あとがきにある「「志」さえ持てば、ウェブは「人生のインフラ」として「個」を大いに助けてくれる」が、この本全体の主張のように思った。
自分の仕事、あるいは仕事で考えているさまざまなこと。
この本を読んで実にいろいろと考えさせられた。
その自分なりの考察は追々ここで書こうと思っている。
今回は抜き書きを以下に(数字は掲載ページ)。


もうひとつの地球=広告収入×チープ革命×群衆の叡智×組織の情報発信 47
人生の幸福とは「好きを貫いて生涯を送ること」だと私は思う。人からどう見えるとか、他人と比較してどうこうという相対的基準に左右されるのではなく、自分を信じ、好きを貫く人生を送ること。本当の幸福とは、そういう心の在りようにこそあると思う。ネット・アスリートの素質が見えている人たちは、心おきなく思い切り、高速道路を疾走すればいい。 96
「病的なまでに心配性な人だけが生き残る」 96
「勝った者」とは「勝つまでやった者」なのである。(中略)「成功のゴールのようなものを描き、そこにいたるプロセスは「苦難の道」なんて思っていては途中で挫折してしまう。 97
一般に、傷つきやすい人は「けものみち」で挫折しやすい。誰かにちょっと断られたからといって、すぐに傷ついてはダメだ。人格を否定されたなんて考えてはいけない。(中略)ある人が発している信号を、誰か別の人がしっかりと正しく受け止めるなんてことは、そもそもとても難しいことなのだ。 104
(今は)「働き者の時代」なのだろうと思う。さまざまな日本の若者たちと接してみて思うのは、これからの時代に合わないのは「頭はいいけど怠惰」というタイプだろう。 110
(ロールモデル思考法とは)たった一人の人物をロールモデルとして選び盲信するのではなく、「ある人の生き方のある部分」「ある仕事に流れるこんな時間」「誰かの時間の使い方」「誰かの生活の場面」など、人生のありとあらゆる局面に関するたくさんの情報から、自分と波長の合うロールモデルを丁寧に収集するのである。 120
ふとあるとき愛読書『シャーロック・ホームズの冒険』に没頭しながら、自分は「私立探偵の在りよう」に少年時代から心惹かれてやまなかったことを思い出した。そして犯罪捜査という「What」にではなく「私立探偵の存在の在りよう」に心惹かれていることに気づいた。しかし「ホームズを読んで私立探偵」では小学生の夢と何も変わらない。荒唐無稽ながら私はホームズにおける何がいったい自分へ強い信号を発しているのかを徹底的に自問してみることにした。(中略)
その結果見えてきた自分の志向性とは、「ある専門性が人から頼りにされていて、人からの依頼で何かが始まり急に忙しくなるが、依頼がないときは徹底的に暇であること」だった。自分でも意外だったのだが、この発見は二つの意味でブレークスルーだった。
一つは、この志向性を頼りに、新しい視点で外界の可能性を眺めてみようと思えたことだった。もう一つは、全く異質で荒唐無稽な対象でも「好きの強度」さえ強ければ、自分にとってのロールモデルたり得るのだという発見だった。 122
ロールモデル思考法を実践し、そのプロセスをブログで記録することは、自然に「褒める思考法」を身につけることになる。自分の志向性を探索することは、膨大な雑音を払いのけて、自分と波長の合う信号を探すことだ。けなす対象は自分にとっての雑音にすぎない。それに関わり批判したり粗探ししている時間はもったいない。 139
(「大組織のプロ」になる覚悟も資質もなく、勤務先会社の存続にも確信がない)タイプの人は、「その会社から吸収できることをすべて吸収し、(三十歳から四十五歳までの)十五年間のできるだけ早い時期に辞める」というビジョンを持って生きるべきだと思う。(中略)そんな決意を秘めて働いている人のほうが、逆説的だが、組織内で「輝く個」になれる。 192
リアル世界とネット世界の境界領域の「新しい職業」として、専門性や趣味の周囲で「好きを貫きながら飯が食える場所」が作られる未来を考えるとき、「志向性の共同体」のリーダーがスモールビジネス・オーナーという姿がひとつのロールモデルとして描けるのではないかと思う。 215
ウェブは、「志」を持って能動的に対峙したときに、まったく異なる相貌を私たちに見せるものである。「志」さえ持てば、ウェブは「人生のインフラ」として「個」を大いに助けてくれる。 242

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