きつねの権力

安倍晋三首相の口癖に、「しっかり」という言葉がある。しっかりと仕事をしてゆきたい、しっかりと実現してゆきたい、というような感じである。ほんとうは、参院選もしっかりと勝利するつもりであったのだが、取り巻きが次々と馬脚を現し、まるでしっかりしていなかったため、地滑り的大敗などという不名誉な結果が、しっかりと新聞の見出しに踊ってしまった。
シンゾー君、しっかりしなさい! と子供の頃から言われていたのだろう、「はい! しっかりやります!」と答えていたかどうかはわからないが、口癖になってしまったのにちがいない。きっと偉大な父君、祖父の後をついだことは、彼にとってよかったにはちがいないが、何度もしっかり、しっかり、を言われ続けてきたものだから、これで存外自分はしっかりしている、とばかり勘違いして、しっかりとした政治家になれなかったのだろう。


安倍晋三首相の父、安倍晋太郎は、中曽根元首相の後継総裁選びの際、最有力と目されていたにも関わらず、竹下登にその座をさらわれてしまった。そのとき安倍派の小泉純一郎前総理は悔しい思いをし、今に至って、安倍晋三首相を是が非でも総裁・総理にしたかったのであろう。小泉前首相がしっかりと、後継の道を作っておいてくれたおかげで、安倍内閣は誕生した。
安倍晋太郎のかなわなかった夢を、安倍晋三首相がかなえることにはなったのだが、言ってみれば、それは小泉前総理の力で得た、総理の座かもしれないのだ。それかあらぬか、安倍首相の手法は、ことごとくコイズミ流である。官僚との対決姿勢もそうだし、閣僚やブレーンの選び方も、派閥推薦を受けない、というところまで。
しかしまあ、首相が凡庸でも、周囲がしっかりとした切れ者ぞろいなら、なんとかなるかもしれない。この点、秘書官は大事な役回りだ。特に、官僚と対決するには、官庁に睨みをきかす有能な秘書官が必要だろう。岸信介のときの秘書官、安倍晋太郎がそうだった。小泉純一郎前首相の内閣総理大臣首席秘書官、飯島勲氏は、「日本のカール・ローブ」などと評され、その有能ぶりがたびたび報道されていた(もっとも、当時のメディアにはその豪腕がだいぶ批判されていたが)。
安倍晋三首相の政務秘書官は、井上義行という人だ。この人もまた、「日本のカール・ローブ」と呼ばれているらしい。日本の秘書官はみなカール・ローブと呼ばれる・・・わけがないだろう。仕事もしないうちからカール・ローブとは、買いかぶられたものだ。
井上氏の経歴はかなり異色だ。元列車機関士で、大学は通信課程を卒業。国鉄がJRになるのに伴って、総理府に異動。そこから秘書官に抜擢されて、安倍晋三首相と親交を結ぶことになった、らしい。永田町30年の飯島勲氏は切れ者の秘書官だったので、絶大な権力を誇っていた。
井上氏はどうか。首相秘書官ということでは、権力を握っている。しかしそれは、飯島氏のように政界の裏表を知りぬいた者のそれではなく、沼上幹教授が『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために』(ちくま新書)で書いていた、「きつねの権力」というものだろう。「きつねの権力」とは何か。それは、真の権力者に取りつぐメッセンジャーとしてふるまい、彼を通らずには何事も進まないことによって生じる、いわば代理の権力だ。権力者に会いにいけるのがただひとりのため、トラの威を借るきつねなのである。
「きつねの権力」は、時にその権力を自らに備わったものと勘違いしたりする。首相補佐官を、首相にとりつがなかったり、官僚を恫喝したりするのである(これはネットの報道の受け売りに過ぎないが)。これでは、権力の行使はできるかもしれないが、内閣は機能しない。同じように、任命する閣僚の「身体検査」をしっかりとできないと、内閣崩壊の危機に直面する。
そんなわけで、しっかりとしたリーダーは、側近に「きつねの権力」などが生まれないように目配りするのが大事である。また、組織も「きつねの権力」に惑わされるようになったら、誰がほんとうの権力者かを、しっかりとわからせなければならないのである。
「きつねの権力」者が悪いのか、彼を雇うリーダーの眼力がないのか、微妙なところだが、いずれにせよ、その鈍感力の程度においては同じことだ。

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