シリコンバレー発の、人生を豊かにするアイディアの集積といった意味の言葉に、「LIFE HACKS」というものがある。HACKSという言葉は元々、コンピュータの世界で、プログラミングに関する便利な裏技や、アイディアをまとめたものを指すのだが、これを人生全般にまで拡張して、生きる知恵としてとらえたのが、「LIFE HACKS」だ。仕事を効率よくこなして生産性をあげ、生活のクォリティをあげよう、というほどの意味である。
このシリコンバレー流の軽やかな生きる知恵を、日本版にしてまとめようという企画が、『IDEA HACKS!』『TIME HACKS!』『PLANNING HACKS!』である。「今日スグ役立つ仕事のコツと習慣」などという副題を見れば、日ごろ、うんうんうなりながら仕事に追われる当方としては、すがりつく気持ちで紐解いてみたくなるようなタイトルではないか。
たしかに、『IDEA HACKS!』の「ケータイのストラップにペンをつける」「ブログでアイディアを発表する」「ノートは時間で管理する」「書類はプロジェクトフォルダにまとめる」なんてのは、ちょっといいアイディアのような気もする。が、どこかで聞いた話のような気も・・・と思ったら、超整理法にも書いてあった。
「マインドマップによるメモ術」は、昔試して、すぐ挫折した。トニー・ブザンが考案した、特異な系統樹によるノート術だが、やってみるとわかるが、慣れないと違和感ばかりが気になって、とても会議録作成に集中できない。それに「スケジュールはパソコンで管理する」などという章を読むと、何度もスケジューラを試しては捨ててきた当方としては、とてもグッドアイディアとは思えず、いかがなものかと感じるのだ。
「朝シャワーはアイディアシャワー」とか「肉を食べない」とかは、言われなくてもやっているし、「夜は午後9時前に寝る」なんてのはとても不可能だ。などといちいち文句をつけるとこの手の本はまるで価値がないように見えてしまうが、『TIME HACKS!』になるともう少し洗練されてきた。前著のアイディアを、実際のモノの写真で扉にまとめているのである。ケータイのストラップにはペンがついているし、名刺入れにはアイディアメモのカードが忍ばせてある、といった具合である。ただし、この本に書いてある、「Google Calendarでスケジュールを共有する」の使い方は気をつけたほうがいい。カレンダーを公開する設定にしていると、世界中にプライベートのスケジュールを公開してしまうことになる。たまに覘いてみると、面白いけれど。
『PLANNING HACKS!』は、著者たちの本業である、プランナーの仕事の極意をまとめたもので、これは役に立つ。プレゼン資料をつくるには、各種データは総務省統計局のホームページにゆけばいい、とか、梅田望夫氏や山本直人氏のホームページにたくさんのノウハウが出ている、というのでさっそく見に行った。
それにこの本には、今までのTIPS集とちがい、「量質転化を促す」といった原理も出てくる。つまり現場百回で本質が見えてくる、というのである。また企画のある時点で、上司を巻き込み、めまぐるしく変わる指示に振り回されないようにしてしまう、などというのは身につまされる。戸田覚氏の『すごい人のすごい企画書』(PHP新書)でも出てくる、「キラー・インフォメーションを自覚する」という部分はためになった。著者のキラー・インフォメーションは「優れた企画はプランニング・システムと二段階抽出法を踏まえれば誰でもつくれる」というもので、ひとことで言える結論のことである。これが言えるかどうかで、いい企画かどうかがわかるのだ。あと、「ちょっとしたサプライズを用意する」というのも、なるほど、と思わせる。
さらに「早朝シフトせよ」というHACKS。私のここ数年のスタイルといっしょである。そもそも、電話、来客、メールで始終邪魔される職場にいては、いいアイディアなんて出やしない。
「チーム・コミュニケーションはダブルスタンバイが常識」というTIPS。これは重要なスケジュールについては、メールでお知らせしたあとで、電話でも確認しておく、というもの。これ、重要。実際、メール洪水の現代では、メールだけでは漏れる恐れがある。現代ならではのTIPSだ。
と、ここまでざっと3冊の中身を紹介してコメントしてきたが、総じて感じるのは、この手のHACKS本というのは、便利なアイディア集に止まってメソッドがない、ということだ。さすがに著者も気づいて、3冊目にはキラー・インフォメーションが出てくるけれど、アイディアの羅列ではほんとうのビジネス力にはならないのだ。
たとえば、野口悠紀雄氏の超整理法は、時間軸に沿った押し出しファイリング法という、画期的な書類整理法を提示した。超整理法はメソッドとして明確なコンセプトを持っているので、時間管理にもその他の情報管理にも、応用可能なのだ。しかし、HACKSというような手法では、個々のアイディアがアトム化して、有機的につながっていないので、革命的な仕事改善にはつながらない。楽しいアイディアに終わっているのである。
などと貶したけれど、楽しい読み物と割り切って読めば、いい部分もあるので、★2つぐらいは(3つで満点)あげたいと思う。
『IDEA HACKS! 今日スグ役立つ仕事のコツと習慣』原尻 淳一 (著), 小山 龍介 (著) 東洋経済新報社
『TIME HACKS!』小山 龍介 (著) 東洋経済新報社
『PLANNING HACKS! 』原尻 淳一 (著) 東洋経済新報社